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感覚

 

はてなブログ使ってるくせにはてなブログで書かれているような記事は一生書けないなって思う。

はてなブログで書かれているような記事っていうのは、文章に色がついてたり文字が大きくなってたりするようなやつ。

 

わたしは中学生の頃からインターネットに入り浸っていて、前略プロフィールmixiの全盛期を生き、Twitterも駆け出しの頃からコソコソとやっていた。

青春なんだ。淀んだ教室が現実だけど、小さな画面の向こうに広がっていた世界も現実だった。

裏と表、光と影、陰と陽の現実が好きだった。

けれど、今のインターネットは勝手に現実の一部になって、現実を惑わすから心地悪くて、慣れなくて、落ち着かない。

 

好きな音楽だって紹介したい気もあるけれど、無機質に連ねられているのに溢れ出す好きを垣間見ることにワクワクするので、わたしもそうゆうスタンスで文章を書きたいなと思った。

ジャニヲタの人が書く文章が好きなのってまさにそこで、好きを取り巻く言葉が生き生きしていて、読んでいてとても心が潤うな〜。ヲタクの書く文章全般とても好き。

 

わたしは音楽がすきで音楽の記事をよく見てるけれど、音楽ってのは良い悪いじゃなくて、好きや嫌いと言った心の揺れで語られるものであるのに、それをピョンと跨いで音を言語化した文章をよんでも、なんか物足りないと思うのはそういうことだと思った。

 

あの曲のここのギターが、とか思うけどそれを簡単にギターの音がノイジーで、と言ってしまうのはわたしはわたしに嘘をついているのうで出来ない。わたしが感じたのはノイジーな音だけでなく、なんだかその周辺にわたるものもひっくるめて心が揺れたのに、それを音中心に文章にはできないなと。

でも言葉にしないと伝わらないから無理矢理に言葉にすることの意味もとってもよくわかるし、言葉にしてくれる人のお陰で新たに出会えたものだって山ほどあるので有り難く思い文章を読んでる。

 

音楽を紹介出来る人のが音楽好きなのを生かしてて羨ましく思ってたけど、そんなこともないかな。と思えたので、ここに記す。

 

メチャクチャな文章でごめんなさい。